トップページ > 「医師転職時代」の医師のマナー/医師の転職時のマナー「人を見る目のなさを思い知らされた苦い経験」

病院が医者を選ぴ、患者が医者を選ぶ時代に入ります。正にチーム医療の時代です。実力のない医師やコメデイカルとうまくやっていくことのできない協調性に欠ける医師は冷遇されてしまう時代に入ることは間違いありません。
医師たる者、自分の責任において自分を磨き、自分を売り込めるだけの実力を身につけておくべきです。当サイトでは随所に実例を挙げながら医師が日常の仕事をして行く上でのマナーを解説していきます。
(シニア医師)

「医師転職時代」の医師のマナー

  • 医師の転職時のマナー
    「人を見る目のなさを思い知らされた苦い経験」

前回のコラムでもご案内しましたが、「一度の面接で事を決するな」。

東京の外科病院で得た教訓がこれです。

力量もありそうで、真面目そうだが何となくそりが合わない、話が気持良く弾まない、と感じたら、やはりもう一度二度、その第一印象に狂いはなかったか確認する努力と時間を惜しまないことです。

そうした努力を欠いたために、人を見る目のなさを思い知らされた苦い経験があります。

Aというその人物は、是非先生の所で勤めさせて欲しいと言ってアプローチしてきました。30半ばを過ぎた項で中堅の働き盛り、実家がこちらにあるというなら「永久就職」の場として求職してきているものと思われ、私の求める部下の理想像にマッチするなら言うことはないと思えました。

だが、いざ二人だけで相対すると、どうも話が弾まない。気詰りな沈黙が淀みます。質問を投げかけても直線的で多分にひとりよがりな答えしか帰ってきません。断定的にプツッと切ってしまって余韻が残りません。

「いいかなぁ?何となく不安だが・・・弟子入りを志願してきたのだから、その殊勝な心がけに免じて可とするか?」

それに何と言っても外科医はもうひとりでも二人でも欲しい。結局、切羽詰ったお家の事情に、私は自分の私情を譲りました。

当初2年ほどはAはおとなしく仮面をかぶっていました。

が、3年目くらいからしゃしゃり出始めました。自己主張が目立ち、医療よりも病院の収益を上げるためにどうしたらいいか、まるで経営者然とした発言を弄するようになり、巧みに理事に取り入るようになりました。

病院経営の基本的な考え方で日頃から私と相容れない理事達がAに権限をもたせようと、副院長に推しました。思えばそれが「本能寺の変」の布石だったのですが、まさかという楽観視で、まぁよかろうと私もこれを是認しましたが、いざ副院長におさまるやAは益々舞い上がりました。

部外者に電話をかけるのにもいちいち「副院長のAですが」と言います。紹介患者の返書に、これまた「副院長A」と肩書を添えます。小学校・中学校でクラスや生徒会の委員になった少年が誇らし気にバッチを見せびらかすようなものです。

こんな幼児的な人格の持主だったのかと呆れ返りましたが、時既に遅し、理事会のバックを頼みにAは遂に下克上を謀りました。

開院後満5年を目前にして、ある日Aと理事達は結託して唐突な理事会を聞き、私の院長解任劇、そしてAの新院長就任劇をやってのけたのです。

「理想の医療5年にして崩壊」

全国紙の社会面全国版にも報じられました。

私としては、人を見る目のなかったことを悔いる他はありませんでしたが、当初の自分の第六感を信じこれを重視していればこんな悲劇的な結末だけは避けられたかも知れないとほぞをかんだのです。

実際、この種の乗っ取り事件は世間でそう珍しいことではないようで、「神聖にして犯すべからざる」医療の世界にあるまじき、患者そっちのけの権力闘争は決して今に始まったことではなく、思えば、もう数十年も前に岸田国士が「暖流」という作品で既にその手の世界を描いています。

<続く>

(シニア医師)

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「医師転職時代」の医師のマナー<2018年10月>
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